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別宮 一目連神社

多度大社の別宮として鎮まりまして、昔も今も絶大な崇敬を集める一目連神社。「一目連神 出でたまふとき多度山鳴動し御光を放ちて頭上を飛び越え 困りし人々を助けたまう・・・」一目連神社の神力によって災難から逃れられた人々は数知れず、お礼参り・願掛けの参拝者は後を絶ちません。
御祭神の「天目一箇命」は、御本宮・天津彦根命の御子神であり、伊勢の天照大御神の御孫神にあたります。古書(古語拾遺)では、天照大御神が天の岩屋戸にお隠れになった際、刀や斧などを作って活躍された神として伝えられており、このことから、鉄工・鋳物等をはじめとする日本金属工業の祖神・守護神として崇められています。毎年11月8日には、「ふいご祭り」というお祭りが斎行され、桑名近辺の会社はもとより全国の関連業者の方々が参拝に訪れます。
 また、多度大社周辺は揖斐・長良・木曽の三大河川が集中しており、昔は一度大雨が降るとたちまち増水し、川から水が溢れ、大洪水となって岸辺の集落を呑み込んでしまうような事が度々起こりました。その為、地域の人々は、自分たちの生活を左右し、場合のよっては生命までも脅かされる恐れから、天候を司どると信じられてきた一目連神社に真剣な祈りを捧げて来たのです。これとは逆に、雨が降らず、日照りが続くと米の収穫ができず、食糧難に陥ることから、雨乞い祈祷も盛んに行なわれてきました。
また、海上で仕事をされる人々にとっても天候に対する思いは同じで、天気予報の無かった時代はなおさらでした。漁に出ていたところ、急に海が荒れだして、大時化の中、一目連神のお導きによって、命からがら岸辺にたどりついた逸話は数多く残されています。
また、一目連神社の御社殿は正面の御扉が無いという、大変珍しい構造をしている事は見逃せない一例です。このことは古文書にも見られるように、非常時に神様が御神意を発する際、龍に姿を変えて天高く駆け上り、いち早く出向かれるためであると云われています。