
境内で英霊をお祀りする「招魂社」の由緒を御紹介します。長くつらい国難にあたった大東亜戦争の間、当地方からも出征されました多くの方々が殉国の英霊となられ、無言の帰宅をされました。この尊い犠牲となられた方々は、靖国神社・各地の護国神社に護国の祭神としてお祀りされ、ご遺族の熱心な参拝が続いています。
しかし、終戦直後、交通事情・経済事情の整わぬ当時としては、当地方の御遺族の方々にとって、東京の靖国神社や津市の三重県護国神杜まで参拝するのは容易なことでは無く、近距離適所に随時参拝できる御社の建立を望む声が多くありました。
昭和26年、三重県北部及び岐阜愛知西南部の同志が相計り、多度大社の境内に同地方の英霊を祀る「招魂社」建立の活動が始まり、各御遺族・地元民の熱誠により、翌27年7月14日には早くも鎮座の儀が斎行されました。総祭神数3716柱、多度神杜御本殿にならった神明造りの御社殿を板塀の玉垣で囲む荘厳な御社地が皇子社横、冠木鳥居をくぐった場所に選定され、現在も変わらぬ姿でお祀りされています。
御鎮座以来、毎年春と秋の二回、ご遺族の方々が多数参列して英霊の御遺徳顕彰と慰霊の祭典「招魂祭」を御奉仕しています。





